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大阪地方裁判所 昭和36年(行)56号 判決

原告 堀潔

被告 西税務署長 外一名

訴訟代理人 叶和夫 外四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

被告署長が昭和三五年一〇月三一日、原告に対し昭和三四年度分譲渡所得金一、五七二、五五五円、課税所得金一、四八二、五〇〇円、税額金三五五、二五〇円、無申告加算税金八八、七五〇円め決定処分をなし、原告はこれを不服として同年一一月一八日被告署長に対し再調査請求をなしたが所得税法第四九条第四項により審査請求とみなされて、被告局長が昭和三六年八月二二日その審査請求棄却の決定をしたことは当事者間に争がない。

被告署長の本件課税決定並びに被告局長のこれを維持した。

審査決定の理由は本件物件を原告が昭和三四年中に、訴外今橋商事株式会社に金六〇〇万円で売却したものとするにあるところ、原告はこれはもと原告所有であつたがすでに昭和三二年九月一一日訴外林勝行に代物弁済により所有権移転をしたものであると主張するので判断する。

成立に争のない甲第二号証、同第四号証の一乃至五、同第五号証の一乃至四、同第六号証の一乃至三によると訴外林勝行は訴外藤原馨を申立代理人として本件原告他一名を相手取り伊丹簡易裁判所昭和三二年(イ)第二〇号の和解申立事件の申立をし、昭和三二年九月三日午後三時の期日に本件原告他一名の代理人として訴外谷上政次が出頭の上、「一、相手方(本件原告他一名)は連帯して申立人(林勝行)に対し金五七二、二四〇円の支払義務を認め、これを同年九月一〇日迄に申立人住所に持参又は送金支払すること。二、相手方両名において右期日に前記債務を完済できないときは相手方堀潔は相手方堀潔所有にかかる下記物件(本件物件)を代物弁済として、申立人にその所有権を移転し、相手方堀潔は申立人に対し遅滞なくその不動産については所有権移転登記手続をなし、かつ相手方堀潔は下記の土地および建物(本件物件)を直ちに申立人に無条件で明渡し又動産についても直ちにその引渡をすること〈以下省略〉」との条項を含む和解が成立し和解調書が作成され、ついで昭和三二年九月一六日神戸地方法務局伊丹支局受付第五七六八号をもつて本件物件につき右和解調書により同年九月一一日代物弁済を原因とする原告から訴外林勝行に対する所有権移転登記がなされ、その後同訴外人より昭和三三年五月三〇日住所移転の登記と同日同法務支局受付第三六六〇号を以て大阪市天王寺区国分町河原哲夫なる者を賃借人とする賃借権設定登記がなされ、そして、昭和三四年八月四日同法務支局受付第七一一一号を以て同年八月一日売買を原因として同訴外人から訴外今橋商事株式会社へ所有権移転登記がなされていることが認められる。

右の様に登記薄上本件物件は、訴外林勝行に所有権移転がなされているのであるけれども、被告らはこれは真実の所有権移転を伴わないものであると主張するので判断する。

官署作成部分の成立に争なくその余は原告本人尋問の結果成立の認められる甲第三号証の一、成立に争のない甲第三号証の二、金額及び今橋商事株式会社の記名印並びにその名下の印影については証人柴野晋の証言により成立が認められ、その余の部分については成立に争のない乙第二号証の一、成立に争のない乙第二号証の二、官署作成部分の成立に争なく、その余の部分は証人山本裕一の証言により成立の認められる乙第三号証、同じく官署作成部分の成立に争なく、その余の部分は右乙第三号証と照合して明らかに三和銀行難波支店の回答であつて真正に成立していると認められる乙第四号証、成立に争のない乙第五号証、同第六号証の一、二、同第七号証、証人山本裕一の証言により成立の認められる乙第九号証、日付印及び仮払金の記載部分を除く部分の成立に争のない乙第一〇号証、官署作成部分の成立に争なくその余の部分は証人福島英治の証書により真正に成立したと認められる乙第一一号証とに、証人山本裕一、同柴野晋の証言と原告本人尋問の一部とを綜合すると次の事実が認め(認定若しくは推認し得)られる。

「原告は、訴外株式会社堀工業所の代表取締役であつたが、同会社が金融を受くる都度自己の所有に属する本件物件を担保に供しその物上保証人となつて来たものであつて、昭和三二年七月頃迄において本件物件には訴外堀工業所のため

順位 設定登記日時    債権者    債権極度額

一番 29・7・10 株式会社三和銀行 二〇〇万円

二番 30・8・ 6 右同       二〇〇万円

三番 32・7・26 野田真澄     二〇〇万円

四番 32・7・26 都我秀吉     一五〇万円

の各根抵当権設定がなされ、その当時における債務額は、株式会社三和銀行(以下訴外銀行と略称)に対七金二、三五九、〇〇〇円、訴外野田真澄に対し金三〇〇、〇〇〇円、訴外都我秀吉に対し金二〇〇、〇〇〇円位であつたところ、更に原告が訴外堀工業所の代表取締役として振出した手形の割引をした訴外宝泉商工株式会社からその手形債務を追及されるに至つた。ところで、実際には、右訴外宝泉商工株式会社は右手形の割引に表向き債権者の様な立場で関係したのではあるが、真の出資者は訴外林勝行であり、同訴外人は右訴外宝泉商工株式会社を通じて原告に対しきびしく督促するので、訴外宝泉商工株式会社においては、右訴外林勝行を納得せしめるため、一応本件物件を代物弁済として同訴外人に名義を移転することを考え、右訴外宝泉商工株式会社が中に入つた結果前記和解及び所有権移転登記がなされるに至つた。ところが原告はこれについては債権者たる訴外宝泉商工株式会社の一方的処置であるとして大いに不服とし、昭和三三年六月二一日訴外林勝行に到達の原告代理人野村清美名義の書面を以て右所有権移転登記は真実に反しその抹消を求める旨を通告する等していたが、原告としては日時の経過に従い、右林勝行が実質上の債権者たる以上、これに対しその債務を弁済できなければ物件を取得されるも止むなく、右所有権移転登記を少くとも訴外林勝行との関係においてはこれを認めざるを得ないのではないかと考える様になつていた。丁度その頃(昭和三四年四、五月頃)、訴外銀行は、右本件物件の名義が訴外林勝行に移転したことを知り、原告に対しきびしくこのことを難詰したけれども、原告が右訴外林勝行に対し所有権移転登記の抹消を求めている状態である旨を弁明したので訴外銀行は一応これを諒としつつも、即時訴外林勝行から物件を取り戻して他に処分して訴外銀行等に対する債務を弁済すべく、若し原告がその気ならば物件の処分については銀行がこれを斡旋しようとの申出をした。原告は、前記の様に内心訴外林勝行に対する関係では、所有権移転を認めなければならないと考えていた折でもあつたけれども、右訴外銀行の申出は、原告に所有権が留保されていることを前提とするものであるのでこれを渡りに舟と考え、強大な銀行が一番抵当権者として動くのであれば訴外宝泉商工株式会社、従つて訴外林勝行もこれに異議をさしはさまないであろうと考え、ここに本件物件の処分方一切の斡旋を訴外銀行に依頼するに至つた。これに基いて、訴外銀行は買受人訴外今橋商事株式会社と原告との間を仲介して、昭和三四年七月三一日、代金六〇〇万円で本件物件の売買を成立せしめ、訴外今橋商事株式会社は訴外銀行を通じて原告に金六〇〇万円を支払つた。

そして、右金六〇〇万円は訴外銀行の前記訴外堀工業所に対する債権(前記根低当権の被担保債権)金二、三五九、〇〇〇円の弁済に充当した他、左記訴外銀行の原告に対する立賛金債権九七五、九七〇円に充当し、その残額二、六六五、〇三〇円は原告の指示に基いて訴外オリオン工業株式会社の当座預金勘定に振込まれた。

記(訴外銀行の立替金債権)

(1)  四〇〇、〇〇〇円 林勝行へ支払分

(2)  二〇〇、〇〇〇円 野田真澄へ支払分

(3)  二〇〇、〇〇〇円 都我秀樹へ支払分

(4)   七〇、〇〇〇円 能勢市固定資産税

(5)    五、九七〇円 登記手数料

右(1) 乃至(3) の立替金は、本件物件を前記売買に基いて訴外今橋商事株式会社へ所有権移転をするにつき、これに先立つ物上負担を除去しなければならないので、予め訴外銀行の方で訴外野田同都我に対する訴外堀工業所の債務を弁済して前記抵当権の抹消登記手続に必要な書類を同訴外人等から入手していたものであり、また、訴外林勝行についても金四〇〇、〇〇〇円を弁済することで同訴外人から訴外今橋商事株式会社へ直接所有権を移転登記をするに必要な書類の提出を得ていたものである。

なお、前記訴外オリオン工業株式会社はその代表取締役が原告の妻堀久児であるけれども、三和銀行難波支店に対する堀久児の右会社代表者の届出印と、訴外堀工業所の後身であり同じく原告が代表者である訴外堀工業株式会社の同銀行に対する代表者の届出印とが同一である等、原告が深くその経営に参与しているとみられる所謂同族会社である。

原告本人尋問中右に反する部分はにわかに措信し難く、他にこれを覆えすに足り証拠はない。とくに原告は本人尋問において、右オリオン工業株式会社の口座へ振込ましめた金二、六六五、〇三〇円は、売買代金の内金として受領したものではなく、訴外林勝行が訴外今橋商事株式会社へ本件物件を売却するにつき原告を立退かしめることを条件としており、その立退料であると主張するけれども、前記乙第九号証と証人柴野晋の証言によれば、原告は立退料を要求せず無償で立退くことを申し出ていたことが認められ、また金額自体売買代金に照らし立退料としては不自然でもあるので原告のかかる主張はとうてい容認できない。

前記認定の事実に、訴外林勝行乃至は訴外宝泉商工株式会社において、訴外林勝行に対し金四〇〇、〇〇〇円の支払をすることによつて時価六〇〇万円を下らないと認められる本件物件の所有名義を容易に訴外今橋商事株式会社に移転することに同意し、これに対し何ら異議をさしはさんだ事実が認められないことを考え合せると、仮にその間訴外銀行が銀行という立場から何らかの圧力を加えたかも知れないことを考慮に入れてもなお、訴外林勝行においても前記昭和三二年九月一一日の所有権移転登記をもつて本件物件に対する円満充全な所有権を取得したと考え、行動していたかは疑わしいところである。そうして、原告においては、訴外銀行乃至訴外今橋商事株式会社に対する関係においては本件物件の所有権が依然自己にあるものとして振舞つていたことは明かである。かかる事情に徴すれば、前記原告から訴外林勝行に対する所有権移転登記は真実所有権の移転を伴うものではなく、単に担保のために所有名義のみを変更されたものと認めるのが相当であり、その所有権は依然原告に留保されていたところ、前記昭和三四年七月三一日に訴外今橋商事株式会社に原告から代金六〇〇万円をもつて譲渡されたと認めるのが真実の所有権の移転の経過に合致するものというべきである。

よつて、本件物件の譲渡に関する登記簿上の記載を排し、これを昭和三四年度中に原告が他へ代金六〇〇万円で譲渡したことを理由とする被告らの処分は正当であり、この点に対する原告の不服は理由がない。

なお、原告は、右本件物件が昭和三四年中に移転したことを自認する如き再評価税申告書(乙第一号証)は、その成立に瑕疵があつて、これを課税決定上の認定の資料とすることは許されないと主張するものの様であるが、原告が本件物件を昭和三四年度中に代金六〇〇万円で他へ移転した事実は、右乙第一号証(再評価税申告書)を離れて優に客観的事実として認定できるところであるから、仮に被告署長の決定が右乙第一号証のみを資料とし、これに主張の様な瑕疵が存するものとしても、既にその課税決定の基礎事実として認定した事実が右客観的事実に符合するのであるから、被告署長の処分は結局正当であるというべく、もはやその処分決定上の認定資料の証拠価値を問題とする余地はない。のみならず、前記認定の事実と、証人福島英治の証言に照らし原告のこの点の主張事実はこれを認めることができないから、その主張も理由がない。

次に原告は、仮に昭和三四年度中に訴外今橋商事株式会社に譲渡されたものであつても、昭和三六年七月二〇日付「他人の債務の担保に供されていた資産が担保権の実行により譲渡された場合の所得税または再評価税の取扱について」と題する国税庁長官通達也よれば、本件は譲渡所得税の賦課し得ない場合であると主張し、右通達の存することは被告らも認めるところであり、成立に争のない甲第八号証によれば右通達はその発せられた日以後処理するものについて適用のあるところであるから、昭和三六年八月二二日審査請求棄却の決定をなされた本件処分についても一応その適用が問題となる場合ではあるが、本件においては、前記認定のとおり、原告は本件物件を訴外銀行の斡旋によつて訴外今橋商事株式会社へ任意に譲渡し、その代金全額を受領した上、そのうちから前記訴外銀行に対する訴外堀工業所の債務等を弁済し、その残額金二、六六五、〇三〇円は原告においてこれを取得したのであるから、右通達にいう「担保権の実行により譲渡されて、その代金全額が債務の弁済にあてられた場合」に該当しないので本通達の適用を受けない場合というべきであろう。

のみならず、昭和三七年法律第四四号による所得税法第一〇条の六の設置によつて、保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合において、当該履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつたときは、当該資産の譲渡による収入金額のうちその行使することができないこととなつた部分の金額に対応する所得の金額はこれをなかつたものとみなされることとなる以前は、かかる場合これを収入金額から控除する法律上の定めはなかつたのであるから、右通達は、その当時において、他人の債務の弁済のための担保権の実行による処分によつて実質上本人に何ら所得(収入)が帰属することなく終つた場合にも課税されることの不合理を除去するため法律の定めによらずして国税庁長官において特にかかる取扱を定めたものと解せられるから、これに従わなかつたとしても処分の当、不当の問題を惹起するに止り、取消原因となる処分の違法となるものではない。しかして、右現行所得税法第一〇条の六の規定の存する以前においては、所得税法第九条第一項第八号の「資産の譲渡に因る所得」についての「総収入金額」の解釈に関し、本件の如く、他人の債務のため物上担保に供せられていた資産を他に譲渡して得た売却代金の中から、右他人の債務を弁済し、その担保権を抹消した事実において、右「総収入金額」は売却代金から右担保権抹消のため支出した金額を差し引いた金額と解すべきではなく、右売却代金をもつて現実の収入金額とみてこれを総収入金額とすべき旨の、及びかかる場合右担保権抹消のため支出した金額が回収不能であつてもこれを雑損控除とし若しくは右支出自体を必要経費とすべきものではない旨の判例(最高裁判所第二小法廷昭和三六年一〇月一三日判決)も存するところである。

よつて、被告らが本件売買代金のうちから訴外堀工業所の債務の弁済のため支出せられた金額が存し、これが回収不能であることを本件処分につき参酌しなかつたことにつき何ら違法とすべき理由はない。

そうして、原告が昭和三五年一〇月三一日迄の間において右本件物件を昭和三四年度中に譲渡したことについての譲渡所得税の申告をなしていなかつたことは当事者間に争がなく、右譲渡は前記認定のとおり代金六〇〇万円で、その日時は昭和三四年七月三一日であり、本件物件を原告が取得した日は昭和一九年七月一八日であることと、土地の賃貸価格が二〇四円、家屋のそれが一、六〇四円であることは当事者間に争なく、成立に争のない乙第八号証によれば、本件につき賃貸価格に乗ずる財産税評価倍数は土地につき六五倍、家屋につき九〇倍と定められていたものと認められ、また家屋の耐用年数を四五年と見積るべきことについて原告は明かにこれを争うことをしない(課税価格算定上より有利な主張をしない)のでこれを自白したものと見做し、成立に争のない乙第三号証により本件物件の譲渡経費は金七五、九七〇円と認め得るのでこれら諸事実を基礎として、被告署長において前記「被告らの主張」の項のうち「三、譲渡所得金額算定の根拠」の項に記載する様な計算によつて譲渡所得金額を金三、二九五、一一一円と計算し、これに基いて総所得金額を金一、五七二、五五五円、課税価格金一、四八二、五〇〇円と決定し、税額を金三五五、二五〇円、無申告加算税金八八、七五〇円とした本件課税決定は正当である。(前記「被告の主張」の項の三に記載する譲渡所得金額算定についての法律上適用上の主張並びに、「被告の主張」の項二の末尾に記載の譲渡所得金額を基礎として総所得金額、課税価格、所得税額、無申告加算税額を算出するについての法律適用上の主張はいずれも当裁判所もこれらをもつて正当と考えるのでここにこれを引用する。)そして、右に対する原告の不服の理由のないこと上記認定のとおりであるからこれを維持した被告局長の本件審査請求棄却決定も正当である。

よつて、これら両処分の取消を求める原告の請求は理由がないのでいずれも棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 潮久郎 安井正弘)

物件目録〈省略〉

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